| 佃大橋 (つくだおおはし) S39 |
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佃のリバーシティ21を臨むワンショット。
「佃の佃煮」、「月島のもんじゃ」といった下町情緒を描いて
この場に立つと、キツネにつままれた気分に突き落とされます。
「思い込み」って恐ろしい・・・。(^_^;)
この橋の間近にある「聖路加ガーデン」の47階は
展望レストランにもなっていて、数々の「島」の位置関係が
つかめるかも知れません。 |
中央大橋(ちゅうおうおおはし) H5 |
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平成五年に架設された、隅田川で一番新しい橋で、
地域のシンボルとして特長的な形状の作りになっています。
他サイトで見てみたら、夜のライトアップがとっても綺麗ですよ。(^。^) |
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永代橋(えいたいばし)T15 |
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現在の佐賀町のあたりを、その昔「永代島」と呼ばれていたこと
からその名がついたと言われ、 元禄11年に架設されたこの橋は、
隅田川の中で最古の橋という事になる。
当時は河口から一番目の橋・「帝都の門」としての大役を背負い、
男性的な力強さを表現する作りに設計されていたらしい・・・
(現在の橋は大正15年に架設されたものです)
水上バスが気持ち良さそうですね〜
今度は水上バスでも巡ってみようかな〜>^_^< |
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隅田川大橋(すみだがわおおはし) S54 |
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隅田川大橋っていう名前の割には普通過ぎる・・・
高速道路の為に出来た橋で、二層構造で上段が高速道路で
下段が一般道路。 |
清洲橋 (きよすばし) S3 |
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この橋の結ぶ「清澄」と「日本橋中洲」の両地名から一字ずつ
取って名付けた名前となっており、震災復興事業の一環として、
近代的な作りを目指してドイツのライン川に掛かっていた
ケルン橋をモデルとして架橋しています。
「帝都の門」としての永代橋に次いで完成された清洲橋は、
それとは対照的な女性的な作りとされ、現在でも「貴婦人」と
呼ばれる隅田川一の名橋とされています。 |
新大橋 (しんおおはし) S52 |
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元禄6(1693)年より架設され、関東大震災にも無傷で耐えた
先代の美橋が老朽化の為に架け替えられた橋で、
旧橋の一部は明治村に保存されているようです。
当時、この上流の両国橋を大橋と呼んでおり、
その後の橋という事でこの名が付けられたとされています。 |
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両国橋 (りょうごくばし) S7 |
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本来の名はただの「大橋」であったが、武蔵と下総の二国を結ぶ
橋という事から「両国橋」と呼ばれており、新大橋の誕生なども
あったため正式にその名が付けられました。
明暦の大火で多数の犠牲者がでた為、防災上の必要性と
江戸市街の拡張を目的として万治2年に架けられたものの、
流失や消失で10数回架け替えられ、現在の橋は震災復興事業
として、昭和7年に架けられました。
両国にある回向院はこの明暦の大火の犠牲者を弔うために
建てられたものです。 |
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そしてこの場所が神田川の河口、隅田川との合流地点にも
なっています。
河口近くの柳橋では、花街にちなんだ「かんざし」の
レリーフも飾られていましたよ。
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総武線鉄橋 S8 |
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だいぶ歩いてきたね〜
今日はどこまでいけるかな・・・?
この橋の開通で、総武線(御茶ノ水−千葉間)が全通。
川底には総武線快速の両国トンネルが横断しています。 |
蔵前橋(くらまえばし) S2 |
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江戸時代、川沿いに米蔵が並んでいた事から付けられた
地名が、橋の名前にもつけられたようですね。
ちなみにココの対岸に国技館や江戸東京博物館があるんだけど、
そこの地名が「横綱」っていうんだって。知ってました? |
厩橋 (うまやばし) S4 |
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ちょっと難しい名前の橋だけど、皆さんは読めましたか?
その昔、米蔵に併せて厩(うまや)が並んでおり、
対岸へ渡す為の手段として厩の渡しが存在していた事に
ちなんで名付けられたものとされています。
明治7年に架橋されたものの、震災による落橋などにより
現在の橋は昭和4年に架けられたものになっています。 |
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駒形橋 (こまがたばし) S2 |
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都営地下鉄浅草線の浅草駅に程近いこの橋、
テケテケもここまで歩いてきたんだなぁと実感。
ビール会社のアレも見えてきた・・・
橋の西側にある駒形堂にちなんで名付けられた名で、
この橋の架橋までは「駒形の渡し」があったそうです。 |
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吾妻橋 (あづまばし) S6 |
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モンキーバナナじゃないケド、浅草と言えば「雷門」! そう来るのかな〜
もう一つの対抗格はコレじゃない・・・ 某ビール会社のオブジェ。 流れる雲のような霊魂のような、
そしてアレのような・・・ ウッ!書きたい!(^_^;)
コレって、「黄金の炎」のイメージなんだって! テケテケは、ついこないだまで、「ビールの泡」なんだって
強引に思い込んでたんだけど違ってた・・・ 結構有名な人の作品らしいけど。
その隣の本社ビルが、ジョッキにビールを満たした姿をイメージしてるんだって。(^。^)
おっと、橋の紹介をしてたのについつい・・・ だけど、ココはやっぱりコレでいいっしょ。 |
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言問橋 (ことといばし) S3 |
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関東大震災後の「帝都復興計画」のひとつとして昭和3年に完成。
「伊勢物語」の主人公、在原業平にちなんで名づけられた。
「名にしおはば、いざ言問わん都鳥 我が思ふひとはありやなしやと」
の歌からとったものといわれる。
同じ由来に墨田区の業平橋もあるようです。
墨田公園の東西を結ぶ橋として、景観に配慮して
薄い作りの構造になっています。 |
桜橋 (さくらばし) S60 |
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上空からの写真ではないので分かりにくいかも知れませんが、
歩行者・自転車専用のX型の橋になっています。
桜の時期には大勢の人たちでごった返すようです。
オイラ達もX型の珍しさから、意味もなくこの橋の中央に
向かったのは言うまでもありません。 |
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白鬚橋 (しらひげばし) S6 |
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河口・勝鬨橋から続く、隅田川の「橋めぐり」としては
一応この橋がゴールになっています。
その名前は、近くの白鬚神社から由来しているらしく、
その西側に云われの碑が建っています。
ここに至るまでには、数々の「行き止まり」や多数の
「簡易ハウス」で一杯・・・。「ダンボールハウス」という表現には
当てはまらないほど良く出来ているので敢えて言葉を代えたけど、
その数には本当に圧倒されます。
お一人での散策にはそれなりの覚悟も必要かも。 (^_^;) |
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水神大橋 (すいじんおおはし) |
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隅田川河口からさかのぼって、一気にここまでやって来た・・・
目的の荒川との分岐点・岩淵水門まではあとどの位の距離だろうか?
すると、ふとあることに気が付いた。 そう、この場所は前回の「荒川流域散策」の時に中継点とした
「堀切」の地からスグそこなのである。 そして、隅田川は堀切の駅前で荒川と最接近するのである。
テケテケも全然知らなかった・・・ ともあれ、このドラマティックな現実に感激しつつ、
今散策の中継点もココにする事にした。
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さっそく、またもや堀切の駅を目指す事にする。
すると、隅田川と荒川を結ぶ水門を発見!
以前の散策の時にも、この水門には気が付いていたものの、
これがまさか隅田川との中継点だったとは・・・
別々の川の流れもココで再接近。
わかるかな〜 Aの写真の水門左側に荒川が流れてて、
Bの写真とつながる訳だけど、その流れ出た水はCの場所へ出て
合流する事になるんだね。 目からウロコが落ちました。(・_・)
テケテケ散策には意外な発見がたーくさん!!
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