懐かしの球場たち

後楽園球場(当時)                    両翼・91.44m、中堅・118.9m

東京ドームに代を譲った1987年まで主に巨人と日本ハムの本拠地球場として使われたテケテケの思い出の球場。
別ページ・「あの日あの時」に揚げた通り、今日この日に至るまでのテケテケの生活に潤いを与えてくれている元気の元の一つで、この球場を思うときテケテケの幼少期がよみがえる。

王選手の756号HRの落下地点に設置されていた碑

選手通路を通るクロマティ選手


川崎球場(当時)
上の写真は1989年10月1日のものである・・・と思う。 たしかダブルヘッダーで行われた日の第2試合のはずだ。
川崎球場での公式戦の最後に金田監督の挨拶があったように記憶している・・・。
この年を最後に本拠地を千葉へ移し、川崎球場の閉鎖が目前に迫った2000年3月26日、本当のファイナル試合、ロッテー横浜のオープン戦が行われ、22−6という大差をつけてロッテが圧勝するエンディングが待っていた。


日生球場(跡地) 地下鉄中央線の森ノ宮駅から徒歩3分         両翼:90.4m、中堅:116.0m
もともと日本生命の福利厚生施設として建設されたこの球場にナイター設備のついた1958年から近鉄が本拠地として使用、その後、藤井寺球場に本拠地を移した後も準本拠地として使われ続けたが、1996年を最後にプロ野球での役目を終えた。


大阪球場(当時)                                    両翼91.5m、中堅115.8m
写真は1991年当時のものなので住宅展示場としてでも形をとどめてはいるが、その後98年解体の憂き目にあったらしい。

南海がダイエーに身売りし、福岡に本拠地を移した1988年まで南海ホークスの本拠地として使われ、その他にも3万人の観衆を収容することが出来ない日生球場の代わりにこの地を間借りして日本シリーズを開催した事もある。

現在はなんばバークスという商業施設となり、大阪球場の跡地としてホームベースとピッチャープレートの位置に石の埋め込みがされているそうです。


藤井寺球場  近鉄南大阪線・あべの橋駅から準急で13分、藤井寺駅よりすぐ      両翼97.6m、中堅120m


近鉄バッファローズが本拠地を大阪ドームに移すまで本拠地球場として使用していた球場を、現在は2軍用として使用しています。 
・・・だけど1軍が使っていた球場としてみると、少し淋しい設備かな。




   
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