1590年(天正18年)以来、徳川家康が街道整備を進めたが、1604年(慶長 9)秀忠に命じて、江戸を中心とした 五街道に榎を植えた一里塚を築かせこれを全国におよぼした。 江戸・日本橋を起点とし、一里ごとに三番目の塚がこの志村一里塚になる。 旅人にとっては里程や運賃支払いの目安となり、その木陰が絶好の休憩所ともなった。 このように一里塚が完全なカタチで残るのはまれで、都内では北区西ヶ原のそれとの二ヶ所のみであり、 交通史上の重要な遺跡として国および板橋区の遺跡として指定・登録された文化財である。
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