2007年 イースタンリーグ
読売ジャイアンツ V 達成!!
2007年9月16日、イースタンリーグにおいて同率首位の湘南が敗れて自力優勝が消滅。
この時点でジャイアンツ2軍に優勝マジック「5」が点灯。
そしてその報をテケテケはジャイアンツ公式サイトで知った。
その後17日の市営大宮球場でのヤクルト戦、18日・西武第二球場でのグッドウィル戦に連勝し、
優勝マジックを「2」とすると、この後19日、20日とジャイアンツは試合がなく、
2位湘南・3位日本ハムの展開によっては試合の無いままに“優勝決定”の状況も考えられたが、
19日の試合に湘南が敗れてマジック「1」
これにより、93試合49勝41敗3分、勝率.544で湘南と日本ハムが同率2位となった。
[巨人93試合52勝38敗3分、勝率.578]
20日の湘南ーグッドウィル、日本ハムーロッテ戦で湘南と日本ハムの両チームが負けるか
引き分けるかで優勝決定という場面も湘南・日ハムの意地もあってか
両チームが勝って21日以降に持越しとなった。
そしてテケテケに、この日のV達成に立ち会うチャンスが巡ってきた。
マジック「1」・・・ つまりこの日の対戦に勝つか引き分けるかで優勝が決まる。
ひいきチームの観戦をしていてこれほど見ごたえのある状況はない、とってもオイシイ日だ。
テケテケにとってこの地への来場は桑田投手の引退登板となった昨年9月24日以来となる。
一年の月日を重ねたせいか、京王よみうりランド駅からの山道「ジャイアンツへの道」がひどく堪える。
9月にして32度を超える「猛暑」もテケテケの足を重くする・・・
優勝決定のかかった試合とあってそれなりの混雑も覚悟していたが思いの他空席が目立つ。
というか、平日であった事と後から追加された日程であった事もあってかガラガラ状態。
観衆は400人チョイの発表で、桑田選手の引退登板の日に見た球場外にあふれ出す3495人+αの
人影はやはり異次元の光景だった。
試合は1回の表に1点を先制を許したものの、すぐさま2回裏に相手・ヤクルトの2つの守備の乱れに
乗じて2点を奪って逆転。 逆転後の3回に再び1点を失って同点とされるものの、
6回裏代打・川中の2点タイムリーでリードすると形勢逆転。
7回にも代打・小関らのタイムリーで6−2。
先発・上野はリグスのソロホームラン2本に押さえ、要所を締める投球をみせた。

2番手以降、酒井ー越智ー会田と無失点で切り抜け、最後を託された前田だったが
2点を奪われて、優勝まであと一人・あと一球としながら「あわや」の危機を乗り切った。

優勝達成の瞬間、選手一同がマウンド付近に集まり・・・
ココまではいつもの光景だが、ココからがいつもと違う。
首脳陣がマウンド付近へは行かず、胴上げは行われなかったのだ。
再三のファンの求めに応えることもなく、その“至福の時”を封印した。
その後の優勝監督インタビューで、2年目にしてリーグ優勝のフラッグを手にした吉村二軍監督は
「一軍が原監督の下で必死になって戦っているので、私たちもシーズン最後まで一緒に戦おうという
ことで胴上げは控えさせて頂きました。上(一軍)が勝って、そして今日活躍した選手が上に上がって
原監督を胴上げできる事を願って、一緒に戦っているという気持ちを出したつもりです。
期待して頂いたファンの皆さん、すみませんでした」とコメント。

悲運の大ケガを乗り越えて、原監督ともども巨人軍史、プロ野球史に一時代を築いた
テケテケ世代の大選手・吉村禎章監督が2000年以来7年ぶり、22回目のリーグ優勝を決めた。
9月29日、ウエスタンリーグの覇者・中日ドラゴンズとのファーム日本選手権を戦い、
そこで歓喜の胴上げの封印を解く。
('07.9.23up)


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