大沢家住宅(国指定重要文化財)

寛政4年(1792年)の建築で、間口が広く関東地方の町屋としても古い例に属し、国の重要文化財にも指定されています。

川越市蔵作り資料館
午前9時から午後5時(入館4時30分)まで  月曜・年末年始・館内整理日休館
入館料大人100円/大学生・高校生50円  049(2254287)


養寿院
時の鐘で午後3時の鐘の音を聞き、移動開始。
川越まつり会館、川越市蔵作り資料館とごく近くの場所にあったが、テケテケは蔵作り資料館に入館。

当時は火災、大火に対する恐れが大きかった事を実感。
確かに、今ほど消防設備も技術もなく人手によるしかなかったその当時、ひとたび火の手が上がればその建物や隣家はもちろんの事、その町ごとをも飲み込んでしまう恐れがあった。

江戸時代以来の制裁の一つとされる「村八分」でも葬式と火災には絶交を解いて力を貸すとされていたようだが、こうした背景もあっての事だろう。

駄菓子屋横丁 
H13環境省主催「かおり風景百選」選定

昭和初期には70余軒が連ね、多数の菓子を製造・卸していたそうで、今でも10数軒が工夫を凝らした
駄菓子を製造・販売しています。 横町内のハッカ飴や駄菓子、焼き団子の香りは平成13年環境省主催の
「かおり風景百選」にも選ばれています。


東明寺(川越夜戦跡)

氷川神社
川越の総鎮守として信仰される神社

川越市立博物館・美術館
川越城本丸御殿
川越城は関東管領の扇谷上杉持朝が古河公方に対抗するため、家臣の太田道真・道潅父子に命じて
長禄元(1457)年築城しました。その後江戸時代になると幕府の重職を占める大名が配置されました。
明治維新後次第に解体され、大部分が住宅地や公園になってしまいましたが、現在は上写真の
嘉永元(1848)年建造の本丸御殿の玄関と大広間から当時を偲ぶ事ができます。
 (観光マップ・小江戸川越見る遊ぶより)

富士見櫓(やぐら)跡
御嶽(おんたけ)神社が祀られているこの高台は、かつては川越城の富士見櫓が建てられていた所で、
今日では木々や建物のためすっかり眺望も失われてしまったが、その昔はこの高台に立てば富士見櫓の
名のごとく富士山までも見渡せたものと思われる。

ひととおりの川越散策を終えて駅への戻りルートをマップで探すと、そこに面白い名前の橋が・・・
「どろぼうはし」だって。 コレは行ってみるしかないっしょ♪


どろぼうはし

ちなみに「どろぼうはし」の由来だけど、昔、この橋が一本の丸木橋だった頃、ここ喜多院と東照宮の境内地は
御神領で、江戸幕府の御朱印地でもあり、川越藩の町奉行では捕まえる事ができないことを知っていた一人の
盗賊が、町奉行の捕り方に追われこの橋から境内に逃げ込んだものの盗賊は寺男たちに捕えられ、寺僧に
諭され悪い事がふりかかる恐ろしさを知った事で厄除元三大師に心から罪を許してもらえるように祈り、
すっかり改心して善人になりました。 そこで寺では幕府の寺社奉行にその処置を願い出たところ、
無罪放免の許しが出、その後町方の商家でまじめに働き、一生を過ごしたということです。
それ以来、この橋を『どろぼうばし』と呼ぶようになったということです。

その名に関係があるかどうかはわからないけど、そのスグそばには「チカン注意」や「暗がりをさけて」の看板が・・・
あんまり治安が良くないのかな?

喜多院

五百羅漢や正月3日のダルマ市(初大師)で知られる
多宝塔
慈眼堂
五百羅漢

全部で538体の様々な表情をした人間味あふれる石像

そうこうしているうちに日も暮れてきた・・・
テケテケエリアからも遠くなく、思いつきで来ても満足できる日帰り旅。
西武鉄道の本川越駅から賑やかに続く繁華街・「クレアモール」を抜けてJR線と東武鉄道の川越駅へ。

テケテケエリアまで列車一本のお気楽旅。
みなさんも、そんなお気楽な新発見をしてみませんか♪



(’06.3.5 UP)

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