アルバイト日記

〜ガソリンスタンド〜

それまでバイト勤めをしていた友人が辞めるのを機に紹介を受けて
就いたのがこのバイト。
特に車についての知識もなく、バリバリのペーパードライバーである
テケテケにとってはチョッとキツイ面もあったけど、職場の先輩方が
とっても優しくしてくれて、楽しかった〜。
昼間はここで、夜はドームで売り子なんていうダブルヘッダーも
あったなぁ。 (今は社名が変わってるけど、当時は「日石」だったよね。)

ヘイ!いらっしゃい!! オーライ、オーライ!!

〜甘納豆屋さん〜

こちらも期間限定のアルバイト。
年末年始の時期の甘納豆屋さん・・・
“おばあちゃんの原宿”・とげぬき地蔵通りの中ほどにあるよ。
甘納豆屋さんって言っても売るだけじゃなくて、甘納豆を作るお仕事だよ。
お豆をふかして、冷まして、砂糖をかけて、袋に入れて・・・って、これも良い人生経験になったなぁ〜 上野のアメ横や大型お菓子店にも卸してたよ。
今でもあるのかなぁ・・・ 今度買いに行って見よっと。

〜「採点」バイト〜

テケテケが人生初めてもった「定期券」。
1ヶ月間の期間限定バイトだったが、テケテケエリアから出ることのなかったテケテケにとって、初めて“通勤”ぽくてチョッとオトナの気分を味わった。

その業務内容は「採点」。
小学生がテスト用紙に記入した答案を採点したり、マークシートに置き換えたりのお仕事。 これまでテストを受ける側だったテケテケが、まさか採点する側に回ろうとは・・・。(*^_^*)




社員食堂のカード
カレーが200円から・・・
懐かし〜い
〜東京ドーム・売り子〜

「ジュース・コーヒー・ウーロン茶いかがですか〜」
別ページ等にも度々書いてきたが、幼少の頃の後楽園球場時代からプロ野球観戦が好きで、その頃からあこがれていた仕事がコレ。
なにせ好きな野球場で、ジャイアンツ戦を感じながら(-見ながらとまでは余裕がないけどね)お給料がもらえる!!
これほど幸せな事があるだろうか。(#^.^#)
高校生になったら必ずやろうと心に決めていたアルバイトだった。

記録収集の好きなテケテケの手元の資料によると、90年7月から94年1月までの3年半の間、勤務回数588回、出勤回数414回、うち巨人戦127回、出勤率.704、総売上69737本、一日平均売り上げ168.4本、総給与1938960円、一勤務平均4682.5円、一日最高売り上げ472本、最低売り上げ20本。

3年半で約7万本の明治ブリックを売り上げたのか〜
ドームの収容人員全員に配ってなお一万本以上。
テケテケたち卒業の翌年から東京ドームの売り子さんは女の子しか出来なくなっているから、テケテケ達はやっぱり幸せだった〜V(^0^)

〜売店販売〜

上記の東京ドームの売り子さんをしていた事がきっかけとなって、1日だけ勤めたのがこのバイト・・・ 黄色いビル内にあったアイススケートリンクでの売店なんだ。 うん・・・ ローラースケート場だったか・・・??
今じゃスケート場は閉鎖されて跡形もないが、わずか1日ながらテケテケの記憶には確かに刻まれている。

ソフトクリームの〜うにょうにょ〜も人生この日限りの☆初体験☆
だけど、なんでこの日1日だったんだろう?(・_・")?
よっぽど出番者が足りなかったのか、大きなイベントがあったのか・・・
最初から1日だけのお話で、クビになったワケじゃないからね。(^_^;)

〜神宮球場・売り子〜

そしてドームバイトが縁でもう一つのおまけ。
1992年か93年の日本シリーズ、この地でビールを売ったのだ。(*^_^*)

いつもは東京ドームでジュースを売っていたテケテケ。
この時は瓶ビール、ラガーを売ったんだ・・・
当然客層も違うからチョッと違和感が。当時はまだ、テケテケ自身あんまりお酒なんて飲まなかったし、ビールに美味しさなんて感じてなかったから・・・(^_^;) 今だったら酔っ払いのお客さんと“意気投合”だったりして。>^_^<

そうそう、この頃にはドームに慣れきっていて、目をつむってもドームの階段にあわせて足が出ていたテケテケ・・・ その段差や傾斜の違いに戸惑いながらの数日間だった。 ちなみに対戦カードはヤクルト-西武だった。


東京・板橋区内某郵便局
〜郵便配達〜

数年に渡り、年末年始の年賀要員・「ゆうメイト」としてエントリーしたのがコレ、郵便配達。 大切な信書を預かるというプレッシャーは感じるものの、新聞配達の経験もあったため、配達モノに関する抵抗や障壁はそれほど感じることなく応募する事ができました。 そしてまた、郵便局という公共性や期間限定という採用条件、地元の旧友も多くエントリーしていることから、配達中の単独作業と局内での友人との顔合わせとがうまくバランスして楽しさをも感じながら勤める事ができたなぁ。

新聞と違って、配達対象が「全戸・全家庭」だからルートとポストの位置を覚えれば良い訳だし、新聞に比べて重量が軽いのも救いです。
ただし前述の通り、配達を受ける側からすれば職員であろうがバイト君であろうが大切な信書を預かっているわけで、「郵便屋さん」という公的な職務に携わっているという自覚は必要かもね。


今は配達店を閉めたみたいだね・・・
東京・板橋区内某所
〜新聞配達〜

人生初のアルバイトがコレ、新聞配達だったな〜
当時高校生になりたてで、アルバイトについても「原則禁止」って言われている中だったからチョッとの不安もあったんだけど、日曜日だけの月4回・1回が4000円だったから、月4回で16000円だね。

今にして思えば全然足りないけど、そこは高校一年生・・・
それまでの「おこづかい」とは比較にならない高額だし、何よりも自分自身で稼いだお金って言う事に感慨を覚えたなぁ〜(o^^o)

それにしても、雨もあれば風も吹き雪も降る、そして冬の寒さも・・・
それに、まだ夜も明けぬ真っ暗な時間に起きだして活動開始。
とっても大変だったな〜(^_^;)

またコレが、傍から見たよりも新聞って「重い」んだ〜
自転車の前かごと荷台に積み込むんだけど、もうフラフラ・・・
何度か倒しちゃって、積み直しの大変だった事。

配達先のルートを覚えるのも一苦労。
後述の郵便配達と違って、対象が契約者だけだから、変更もあるし、この家は「チラシ抜き」だとか、「ビニールに入れて」とか特注付きもあるんだもん。 週一回のバイト君には四苦八苦、オイラの地域に当たった皆さん、日曜日の到着が遅かったかもです・・・ この場を借りてお詫びいたします。 
朝4時に集合して、配達を終えるのが7時過ぎだったかな〜
当然、配達を終えて基地に帰ると先輩たちはもう居なかったな〜。

〜雑誌の仕分け作業〜

上記の新聞配達の項で、『人生初のアルバイト』と書いたが、本当の“初”はこちら・・・ 日払いのアルバイトなので超・スーパー短期が売り物。
一日だけってのもOKだったので、やりたい時だけって感じで・・・。

業務内容はベルトコンベアに流れてくる指示書(納品書)に従って、担当の雑誌を載せるっていうのが主だった。 例えばジャンプの担当なら、指示書に「ジャンプ 10」とあれば10冊載せるっていうふうにネ。
流れ作業なので一箇所で戸惑うと、ベルト全体の人に迷惑を掛けちゃうよ。

(’04・10・2up)
(’06・1・15 追加up)
あの日あの時